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ミンダナオ調査レポート

 今年の59 日から23 日まで、理事の橋本 典子さんがミンダナオ島のPeace Village の視察と、2006 年から始めたアエタ族の2 人の子どもへの奨学金プログラムのフォローアップのため訪比しました。

 Peace Village の責任者であるDr. Mutia さんともミーティングを持つことでき、今後の関わり方について議論しました。以下は、橋本さん(現シンガポール在住) からのレポートです。

 

 

■フィリピンの今
 20098 月、フィリピン民主化の激動の時代を駆け抜けた元大統領コラソンアキノ氏が闘数年に及ぶ結腸癌との闘病生活の末、76 歳で亡くなりました。
 アキノ元大統領の御通夜には沢山のフィリピン国民が全国のいたる所から、バス、飛行機、船で駆けつけました。マニラ大聖堂に安置されたアキノ大統領の亡骸への挨拶がわずか数秒しか足らないにも関わらず、人々はその瞬間を6-7 時間待ち続けました。


 私が通夜に参列した日は大雨。マニラ大聖堂周辺の一部はひざの高さにまでなる降雨量でした。大聖堂の外でフィリピン国民の哀悼の雰囲気の中でずぶぬれになりながら待ち続けたことは忘れられません。葬儀は国葬となり、敬愛するアキノ元大統領に人目会うべく、人々は参道に詰め掛けました。それらの光景はマルコスの独裁政権が倒れるきっかけとなる1986 年のエドサ革命を思い起こさせるものでした。


 アキノ元大統領が亡くなり一年が経つ今、そのアキノ元大統領の息子、ベニグノ・シミオン・“ノイノイ”・コファンコ・アキノ三世(通称ノイノイ)が第15 代目として大統領の席にいます。5 10 日に行われた大統領選挙で他の候補者を大差で引き離しての当選でした。630 日に就任演説では、「国民を貧困から脱却させるのが最優先課題、汚職をなくし貧困をなくす」政治を行うと表明し、6年の任期に最優先課題とする汚職の撲滅にどう取り組むかが注目されています。


 アキノ大統領は7 26 日にケソン市のフィリピン議会議事堂で、上下両院議員を前に就任後初めての施政方針演説(SONA)を行い、アロヨ前政権の失政を挙げて厳しく批判しました。1 5,400 億ペソあった今年度予算は、上半期のアロヨ(前)政権下で大部分が使われ、アキノ政権下に入った下半期(7 12 月)分としては、わずか6.5%に過ぎない1,000 億ペソ足らずしか残っておりません。地元への露骨な利益誘導と不公正、非効率なインフラ投資が原因です。

 アキノ氏は、政権発足に際して、アロヨ前政権の様々な疑惑を追及する真実究明委員会を設置する旨を演説の中で明らかにしました(Official Gazette)。

 

■ミンダナオ和平と草の根から創る平和
 アキノ政権のもう一つの約束は、ミンダナオの和平。2003 年から和平交渉の中心的な役を担ってきたマレーシアが様々な思惑の中で交渉のテーブルから離脱するものの、MILF(モロ・イスラム解放戦線)側はアキノ大統領の和平交渉再開に合意し、ラマダンの開けた後の10 月頃からの再開を目途としています。ホスト国としてインドネシアが期待されているが20108 月上旬現在では未定です。


 和平を政治という大局から見ることの大切さもさることながら、ミンダナオで行われている草の根レベルで行われているPeace Village での活動のリサーチのため、フィリピンの大統領選の熱気覚めやらない5 月に4 日間の日程で、ミンダナオ、ラナオ・デ・ノルテ州でフィリピン教育省の地域オフィスが主導しているPeace Village の訪問及び、関係者、特に教育省のDr.Mutia 氏とのミーティングを行いました。


 そこでは多様性を尊重し、平和の文化を広げるプログラムが毎年数回、そして継続的に行われています。
 今回の訪問では、残念ながら現地の学生が5 月は夏休みであるため、滞在中にPeace Village のプログラムに参加することはできませんでしたが、定期的に行われている小規模のプログラムを見学させてもらうとともに、このプログラムの生みの親である、教育省の責任者であるDr. Mutia さんとも対談し、Peace Villageの話を聞くことができました。

 

 

Peace Village とは
 2004 年にマニラのスモーキーマウンテンの子どもたちがラナオ・デ・ノルテ州に訪れ、文化交流を行ったことに始まりました。
 マニラの子どもたちはダンスなどを準備して披露してくれました。彼らがミンダナオ滞在中は、地元のイスラム教徒のコミュニティが受け入れて、ミンダナオのイスラム教徒の生活を体験させてくれました。この交流がきっかけとなり、20065 月にPeace Village が行われました。


 多様性を尊重し、平和の文化を広めていこうとするこの試みは毎年恒例のイベントになりました。毎回参加者は増え、実際の予定人数2,000 人を上回っています。年齢層は小学生の高学年が対象ですが、もし兄弟姉妹がおり彼らが自分の弟妹の面倒を見ることが出来るのであれば、低学年でも参加が許されます。


 毎年、そして毎回Peace Village で行われているプログラムの内容は変化していますが、現在はCultural Parade, Shower of Peace, Peace Workshop, Kids Say” No” To Guns, Yes To life, 劇、アートなどが3 日~ 4 日間のプログラムに盛り込まれています。

 Shower of Peace は、参加者全員が放水によって水を浴びるセレモニー。元々は、Peace Village の施設で給水のシステムが故障してしまったことにはじまりまります。Dr Mutia が地元の有力者に水の給水を要請した際、トラックで運ばれてきた水がホースから漏れ、その場にいた子どもたちにかかってぬれてしまいました。しかし、参加している子どもが「Shower of Peace だ」と言い、水の中に飛び込んではしゃいでいる姿を見て、後にShower of Peace プログラムの一部になったのです。


 実際、水は様々な場面で宗教的な行事に使われ、身を清めることを意味します。プログラムの始まりとしてShower of Peace を行い、参加者が自分自身にあるあらゆる偏見を取り除く意識付けを行うセレモニーとなっています。
 Say” No” To Guns, Yes To life は、参加する子どもたちがこれまでに自分の親やおじさんおばさんに誕生日やあるいはクリスマスにもらったおもちゃの銃を持ってきて、それと苗木とを交換するプログラム。また、子どもたちは親や親族にこれ以上おもちゃの銃を送らないようにお願いします。フィリピンで随一の生産量を誇る銃器工場を訪れた際に、その責任者は「銃とは中立的な道具である」といったが、このプログラムでは確実に子どもたちに銃とは命を否定するものであるというメッセージを与えています。

 

 


 ミンダナオの紛争はクリスチャンとムスリムという宗教的な違いによるものではないと前号でお伝えしましたが、それでも宗教的な部分でセンシティブな部分はあるとDr. Mutia は言います。
 ムスリムのお母さんがプログラムに参加している子どもを迎えに行った際、自分の子どもが描いている絵に衝撃を受けました。その子は十字架の絵を描いていたからです。親は「私の子どもをクリスチャンにしようとしている!」との抗議を運営サイドのスタッフにしましたが、その子は新しく友だちになったクリスチャンの子を絵に表そうとしていただけでした。子どもたちが参加中に何を食べて、何を学ぶのかということへの心配は絶えないことが伺えるエピソードです。

 

 実際にこれまでの和平への試みの失敗やキリスト教徒が多くを占める政府がこれまで行ってきたことへの反感など複雑なものが入り混じる反応です。キリスト教徒の人たちもムスリムの人たちへのネガティブなイメージを払拭できません。しかしながら、このプログラムでは子どもたちが自ら多様性を学び、寛容性を育むプロセスが見えます。このプログラムに参加した子どもたちがどのような大人になっていくのか、大きな期待が寄せられます。

 

 プログラムは子どもたちが自分のお小遣いをためて参加する仕組みになっています。交通費と食費等の実費は参加者が支払っています。そのため、子どもたちは何ヶ月も前からこのプログラムに参加する準備を行っています。外からの資金に頼るのではなく、自立、自主的なシステムをとっています。また教育省のもとで行っているためにプログラムの定期的な実施についての問題はありません。しかし、トイレ等の施設が参加する人数に対してあまりにも少なく、また活動を行う場所と宿泊先をつなぐ道の整備がなされていないなどのインフラ面での整備などをする必要性があります。

 

 また、平和の視点で行われたカリキュラムで学んだことを高校に進学して以降も保てるように、平和の視点で行う教育を実施できる高校を建設することを視野に入れていますが、資金の面で実現は先になるでしょう。その高校には紛争で親を亡くした子どもたちも進学する予定となっています。

 

 訪問した場所は、比較的安全な地域。しかし、5 月の大統領選挙後、また地域の政治的な事情は少々複雑なことになり、カウンターパートに依頼して、地元の警官が私服でガードについての現地訪問となりました。ミンダナオ、特に西部での政治レベルでの和平の試みはこれから見守っていかねばなりません。

 

 アキノ政権は和平交渉の進捗を強く望んでいるが、MILF 側は長い間の紛争をアキノ政権の政策目標として掲げて終焉させることなど出来ないであろう疑念と、またこれまで歴代の大統領が行ってきた政策がなんらの解決も出来ずに終わってきたことへの強い反感の意を表しました。
 政治的交渉と並行しつつ、また草の根レベルにおける活動はより根気強く、長い視野で続けていかなければいけません。信頼の醸成にまだ時間がかかりそうです。

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