ゆるすということ①
2010年 06月 18日
最近読んだ本の題目です。
著者はジェラルド・G・ジャンポルスキーです。
世の中には様々な人間関係における問題がありますが、
それは恨みと言う形で引き継がれていきます。
恨みとはつまり「ゆるせない」という状態だといえます。
昔、自分を傷つけた相手がいたとしたら、
どうにかしてその人に復讐したいと思う心理は、
誰しもが少なからず感じたことがあると思います。
自分のことを理解しようとしない両親に反発してみたり、
ちょっと自己中心的な友人をみんなで村八分にしたり、
時には本当にひどい仕打ちを受けた相手に殺意まで抱くこともあるかもしれません。
そしてそういった感情は歴史を通じて国際情勢にまで影響を与えることさえあります。
この本で紹介している「ゆるせない理由」には以下のようなものがあります。
・そいつはあなたをひどく傷つけた。あなたは怒って当然だし、そいつを愛するのをやめて当然だ。
・ゆるしたら、そいつは同じ事を繰り返すだけだ。
・そいつをゆるせば、相手が正しくてあなたが間違っていると認めるのと同じだ。
・ゆるさなければそいつをコントロールし続けられる。
・絶対にゆるさなければ、傷つけられた人に近づかずにすむ。
どうでしょうか?
みなさんの体験にリンクする部分がありますか?
ここで登場するのが「ゆるし」ということです。
ちなみにここで言う「ゆるし」とは情的な部分でのゆるしをさします。
それとは別に当然法を破れば法的な裁きは受けるべきですが、
ここではあくまでも情的な部分でのゆるしに限定したいと思います。
では「ゆるし」とは何でしょうか?
単純におおらかに構えることでしょうか?
相手の悪事を無かったかのように無視することでしょうか?
この本では違う見解を述べています。
それは、ゆるしとは「過去の傷を喜んで手放すこと」であり、
ゆるすことで「私たちは自由になる」といいます。
その自由とは怒りや非難の悪循環からの自由です。
みなさんも誰かに対して怒りを強く感じるとき、
それで頭の中がいっぱいになってしまってほかの事に手がつかない、
またはそれがストレスになって体調が悪くなるといったことを、
経験したことがあるかもしれません。
時にはその怒りが原因で、自分自身が誰かを傷つける加害者になることもあるでしょう。
つまり少なくとも相手が悪かったかどうかは別にして、
「誰かを恨んでいる状態」とは自分にとって「不幸な状態」であることは、
間違いないと言えるのではないでしょうか?
ではどうやって「ゆるし」を実践できるのでしょうか?
それは次回お知らせします。(326)
