華麗なるギャツビー

2010年 06月 17日

 在日外国人の就職先を探そうと、様々な機関、会社を回っても、いわゆる‘3K’(きつい、きたない、かっこ悪い)とよばれる仕事しか見つからない。

 

 外国人が就職するには高度な日本語力に加えて、日本人にも類を見ないほど高度な専門技術を持っていなければならない。さらに、日本の会社の文化に馴染んでいかなければならない。もし本当に外国人の就職率を高めていこうと思うなら、自分で会社を立ち上げるしかなさそうだ。


 

 しかし、隣の国、韓国では、海外からの労働者を積極的に企業で雇用していると聞く。それは企業内でも第2の公用語で会話をしているから、つまり、韓国人も海外からの労働者も英語で会話をし、仕事を進めていくことができるからだ。それを思うと、日本に来るなら日本語を使え、という考え方自体が、まだまだ国際化しきれない日本の現状を表しているように見える。日本人の英語力のなさ、という外的要因に加え、目に見えない‘壁’が日本人の心に根強く残っているのである。

 

 

 在日外国人に対しての壁もそうだが、日本人同士、いまだに残る‘部落’の壁もある。

 会社の同僚がある女性と出会い、魅かれてしまった。しかし、出身地によってその女性が部落出身者だとわかる。

 それから男性は葛藤をし始める。今まで差別とはまったく関係のない世界で生きてきたのに、その女性と出会うことで、見えなかった、見たくはなかった現実が見えてきた。誰も口にはしなくても、確実に差別の目は残っている。特に年配の方になるにつれ、部落の人との接触は嫌がるものだ。その女性と一緒に差別と戦っていけるのか、親や親族の反対を受けながら、周りから避けられながら、本当に幸せになれるのか、差別を乗り越えられるのか。

 

 その人が言っていた。一度しかない人生をどう生きるのか。周囲の保護を受けながら安定したレールに乗った人生を歩むのがいいのか、困難に立ち向かっていく挑戦をしてくほうがいいのか。身分の違う女性に恋をして生命まで落としてしまったギャツビーみたいに生きていけたら、かっこいいだろうと思った。(midori)

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