勉強する理由

2010年 06月 13日

 塾で事務をしていると、休み時間に生徒が聞いてきました。
 「先生、なんで勉強するん…?」
 定期テスト期間中でいつもに増して勉強を強いられている生徒の嘆きでした。

 

 「将来いろんな道を選べるようにやで」
 と、私は何気なく答えましたが、

 

 「みんなそうやって言うねん…」
 とその子は少々不満気でした。
 ほんの一瞬の会話でしたが、私はその後、溶け切れない塊みたいなものがずっと心に残ってしまいました。

 

 

 なぜ勉強するのか?

 

 お子さんをお持ちの方であれば、一度は聞かれていることかもしれません。
 ともすれば、その子の人生をも決めてしまうようなこの質問に、皆さんはどう答えられているのでしょうか。また、どう答るのが適当なのでしょうか。

 

 なぜ勉強するのか、という問いは、今は勉強をさせられているけれども、勉強したことを使ってどう生きていくべきなのか、つまり、人間としてどうあるべきか、また、日本人としてどうあるべきか、そう聞かれているようにも思えました。

 

 こういう問題は明確な宗教が根付いている諸外国では簡単に答えられる問題なのかもしれません。道徳的なこと、思想的なことは、今の日本だから答えにくい点もあるかと思います。しかし、これが広範囲の人が思っているかはわかりませんが、私が普遍的に思うことは、たくさん学ぶことで多くの人の役にたてるように、ということではないかと思います。

 

 私には子どもがいませんが、ボランティアで孤児院に行って赤ん坊を抱いたとき、私はこの子がたくさんの人から愛されるように、と願いました。たくさん愛されるためには、たくさん役にたち、たくさん人を愛せる立場に立たないといけない。そのためには学びが必要です。

 

 

 塾で驚いたのですが、私が中学校で習ったことを今ではすでに小学生が勉強しています。

 

 あらゆる分野で研究が進み、人類がこれまで発見してきたすべての基本的なことを学ぼうと思えば、過去に比べて現在、学ぶべき内容が膨大になっているのは当たり前のことです。それを学んで、何に役立てるかといえば、人類をより良い方向に導いていくためなのではないか、漠然としていますが、これまで人類が研究してきたさまざまことを学び、それを土台にして新しい時代を築いていくのが今の子どもたちの使命なのではないかと思います。

 

 頭が良くないと馬鹿にされて惨めな思いをする、というのは私の母親の口癖でした。安定し、優秀な職業に就かなければ、生きていくことが困難な時代だからこそ、子どもを想ってそういう願いを口にする親が多いのではないかと思います。しかし、最近は大きな夢を持てず縮こまっている若者、また自己中心的に生きている若者が多いと聞きます。それでは学ぶことは非常に儚いものになるのではないでしょうか。

 

 

 子どもに対して何を示せるのか、人間として、また日本人として、子どもたちに正しい答えを示せる生き方をしたいものだと考えさせられました。(midori)

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