少年よ、『大志』を抱け!~サムライの心が日本を変える!~

2010年 05月 04日

いよいよこの連載も最後を迎えました。
少年よ、『大志』を抱け!解決編です。
 
前回までは、
日本の若者には志が足りない。それはなぜなのか。
そして、かつての英雄たちにはなぜ命がけの志が持てたのか。
ここまでを明らかにしてきました。
 
今回は、
今の日本の若者が、どうすれば志を持って生きていけるか、
そして、それによってどうやって日本を変えていけるか。
そのキーワードは、「サムライ魂」にあります。
 
かつて、日本には武士道と呼ばれる思想がありました。
それには、しばしば、
 
忠義を守り、主君のためならば死すらいとわない
 
という側面が強調されます。
読者がよく知る武士道のイメージとはまさに、
赤穂浪士の討ち入りであったり、敵討ちであったりすると思います。
しかし、本質はそこではありません。
 
江戸時代の武士道をもっとも端的に表す書物として、
名著『葉隠』があります。
「武士道とは死ぬことと見つけたり」はあまりにも有名ですが、
これはあくまで、武士道の一側面でしかありません。
武士道の本質は、むしろ、
 
一人の人間としてどう生きるべきかを説いた道徳
 
です。
 
自らを心身ともに鍛え、人格の完成をひたすら目指す。
ここにこそ、武士道の本質があるのです。
 
「おっと、筆者は結局、修行僧のような禁欲生活を勧めているのか?」
と眉をひそめている読者の顔が目に浮かびますが、
そうではありません。
国際日本文化研究センター教授の笠谷和比古氏によると、
葉隠の本質は、
 
自らの信念に真正面から向き合う生き方
 
であると言っています。
ですから、
たとえ主君の命令であっても、盲目的に従うのは武士道ではなく、
間違いに気づいたのなら、
命をかけて諫言(いさめる、忠告する)することこそ、
当時の侍として求められた姿勢だったのです。

たとえば、
横暴で国を滅ぼしかねない主君であれば、
家来衆が一丸となって、その主君をいさめ、
もしできなければ引退させてでも(これを押し込めという)、
国をよい方向へ導く。
こうした事例はとても多いのです。
時代劇の見すぎの我々からは想像もできませんね。
 
さて、前置きが長くなりましたが、
ここからが本題です。

目を日本の若者に向けてみましょう。
現代の日本に、信念と呼べるものがあるでしょうか。
流行を追いかけるのが好きな人々がいるかと思えば、
それに乗るのをことさらに拒否する風潮がある。

それなのに、
政治家が金銭問題を起こそうが、公約を破って平気な顔をしていようが、
誰も何もしない。
正義はどこにも存在しないようにみえます。
むしろ、人の数だけ正義があるといってもいい。
それほど、「価値の多様化」が起きているのが現代日本です。

その中で、多くの若者は、
「金持ちにならなくてもいい。今日さえ生きていければそれでいい」
「仕事も続けなくていい。病気になるくらいならやめたっていい」
「とにかくラクに生きていきたい。したいことなんかないし、あってもどうせできない」
実際に大学生が口にするのを聞いたことがありますが、
これが実態です。
 
では、日本は終わりか?


そうでもない気がします。
今、大河ドラマのおかげで幕末ブームとなりつつあります。
また、書店に並ぶ書籍は、
「もっとよく生きるには?」
「賢くなるには?」
「仕事が楽しくなるには?」
そんな文字が躍っています。
 
売れる本やテレビの内容と、若者の実態があまりにもそぐわないですよね。
これこそ、信念に関係する気がするのです。
若者は、周りの目がものすごく気になります。
少しかっこいいこと、真剣な話をすると、「かっこわるい」気がする。
だから、本当はそこまでやる気がないわけでもないのに、
そういうフリをする。


さらに、
実際本気で勝負したら、勝てる自信がない。
だから、最初から勝負しない。そして努力もそこそこにしておく。
 
まとめると、
かっこわるいのと自信がないのとで、
結局がんばらないで余力を残しておいて、
日々をなんとなく過ごしているのが、日本の若者である。
といえると思います。
 
でも、
やはり日本人なら武士道に憧れる側面があるのです。
本当はがんばって生きたい。
何かやり遂げてみたい。
そういう若者だってたくさんいるはずです。
 
そこで、信念の登場です。

人にどう思われるかではなく、自分の良心に従う生活を目指す。

それこそがこれからのスタンダードになるべきなんです。
 
第一回に登場した柳井正さんのように、
ユニクロらしさを追求する。
ザビエルのように、ハゲても宣教に命をかける。
そういう姿勢は、どこもかっこわるくない、
というメッセージを、
我々大人がもっと発信しないといけない。
この不況時にこそ、もっと言わないといけない。
かつての武士のように、
間違っていることは間違っている、と声を大にして。
 


四回にわたって連載してきましたが、
結局、
「一本スジの通った人間になりましょうよ」
というのが私の結論です。
 
不定期の連載におつきあいくださり、ありがとうございました。
次回もおたのしみに。(GTS-*)

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