日本にあり世界的に共有できるビジョンや価値は何か
2009年 03月 11日
日本にあり世界的に共有できるビジョンや価値は何か。
先日、「多民族共生のプロジェクトや政策立案」を担当する関係者の会議で、そんな問題提起がありました。皆さんならどのように答えますか(唐突にすいません!)。
即答できる人はそれほど多くないでしょうし、一言で片付けてしまうのもどうかなと躊躇しますよね。
そもそも、今回の問題提起は、次のような経緯でだされました。
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●疑問1:外国人と日本人との「壁」はなぜできるのか?
→日本社会の98%以上を占める日本人が「私たちは日本社会に住んでいる」という意識が強く、「私たちは世界の中で住んでいる」という実感が弱い。
→在留外国人をエイリアン(よそ者)としてとらえ、「異文化をもった人と交流するのはたいへんだ。彼らと交流しなくても私たちは困らない」と思っている人が多い。
→外国人を意識の外、社会の外に追いやってしまう。外国人は日本社会の中になかなか適応できずに、母国民同士のコミュニティをつくりそこに留まる。
●疑問2:外国人と日本人との「(意識の)壁」をなくすために何が必要か?
→外国人はグローバル社会に関わる意識で日本に来た。私たち日本に住む日本人の意識もまた、日本社会意識からグローバル社会意識に転換する必要がある。
●疑問3:日本人がグローバル社会意識に転換するためには??
→日本人がグローバル社会に飛び込むには「不安」がある。自分がグローバル社会で通用するかどうか、自分のアイデンティティを保てるかどうか。
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その「不安」を克服するためにでた問題提起が、冒頭の「では、日本にあり世界的に共有できるビジョンや価値は何か?」「どんなビジョンや価値を世界に発信したいのか?」というテーマでした。このテーマを避けていては、多民族共生のプロジェクトや政策立案を進める上でどこか穴があいてしまうのではないかと。
会議の場では、「『和』の精神ではないか」「『武士道』が世界に受け入れられた例」「万葉時代の『防人(さきもり)』にルーツがある」「憲法9条?」等々の意見がでました。
どれも「なるほど!」と納得はしても、そのまま心に「しっくりくる」ものではありません。既存の伝統文化を「あれか、これか」で論じていてもだめで、多面的に対話を深めていくなかで、ようやく本質が見えてくるものかもしれないなと思いました。
読者の皆さんに何か見解があれば、ぜひお聞きしたいです。
