ボランティアたちの「誤善」

2009年 02月 19日

 今日、駅のキオスクで雑誌を見ていたら、『SAPIO』(小学館)の「みんな偽善だ!」というコピーが目に飛び込んできました。

 

 年越し派遣村、ワークシェアリング、エコロジー、人権派弁護士…と偽善の槍玉に挙げている項目を見ると、SAPIOの思想的な立ち位置が再確認できますが、その中に「ボランティア体験」というものもあって、思わず買ってしまいました。

 

 

 

 その内容は、「障害者のニーズを無視するボランティアたちの“誤善”」というもので、ブラインドサッカーという視覚障害者競技を取材しているライターが、そこの障害者の人たちが、世間の身勝手な善意に苛立っている現実を紹介しています。

 

 

 例えば、「手引きしながら最初から最後まで泣いているおばさん」「もうすぐ医学が発達して見えるようになるから、辛くても負けるなと駅のホームで励ます酔っ払いのオヤジ」など。


 この人たちって「ボランティア」じゃないよねというツッコミはあるものの、これらの同情心は、「今の自分が突然全盲になったら…」と考えてのものだという指摘は鋭いですね。

 

 

 また、選手たちはチームの一員として継続的に練習を手伝ってくれるサポーターを求めているが、大学のボランティアサークルの学生たちなどは、とにかく自分たちの主催で派手なイベントをやりたがるというのも、確かによく聞く話。

 

 イマドキの学生たちは、確かに継続的で責任が伴うボランティア活動を敬遠し、やたらとイベントを企画したり、参加したりしたがる傾向があります。もちろん、このようなボランティアのカタチが、敷居を下げたのも事実ですが。

 

 

 筆者の言いたいことは、「善意を示したいのなら相手のニーズを聞け。それを無視して自分のニーズ(役に立ちたい、いい人に思われたい、就職したい等)を満たそうとするから、偽善や誤善が生まれる」という極めてシンプルなこと。

 

 IIHOE〔人と組織と地球のための国際研究所〕代表の川北 秀人さんは、「ニーズから逃げるな」と言われます。自戒を込めて、改めてニーズを確かめる勇気を持ちたいものです。(Aki

 

 

SFPでは、「障がい者」表記で統一していますが、「障害」を「障がい」と表記すれば不快感はなくなるのか、という問題提起が紙面でありましたので、障害者と書いてみました。どんなもんでしょ。

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