馬上法廷
2009年 01月 04日
2009年が始まり、昨年を振り返ると様々なことがありました。
特に日本のお隣り、中国は激動の一年でした。
1月、中国の餃子にメタミドホス混入。
3月、チベット自治区で反政府運動から大規模暴動に展開。
5月、四川省でマグニチュード8.0の大地震発生。
7月、雲南省で路線バス2台が相次いで爆発。
8月、北京オリンピック開催。
9月、北京バラリンピック開催・・・
中国にとって2008年は、世界的に何かと注目された年でしたが、
その影で地道に紛争解決に務める裁判官たちを、みなさんはご存知でしょうか?
「馬上法廷」
雲南省の山岳地帯(車も通れないような場所)のもめごとを解決するために、
馬に道具を積んで、(民事)裁判巡回をする彼らを、人々はそう呼びます。
私は先日彼らの巡回を追いかけるドキュメンタリーを見て、
初めてその存在を知りました。
少数民族と漢民族が混住するこの地域は、
小さなもめごとから難しいもめごとまで、様々です。
不倫がきっかけで口論になり、最後は嫁の父親が殴られたり・・・
馬に蹴られた女性が、その馬の持ち主(子供)の両親に水増し請求をしたり・・・
裁判官達は、どんなにややこしいもめごとでも、村の広場に幕を張り、
馬上法廷を開きます。
彼らはいつも「判決」ではなく、「和解調停」を目指します。
私はこのことに、かなりびっくりしました。
裁判官であれば「無罪」とか「有罪」とか、
判決を下したいものだと思っていたからです。
加えて、私の中で「和解」とは、白黒つけずに、
もめごとをうやむやにして終わらせるようなイメージがあり、
良いものではありませんでした。
しかし、それは間違っていました。
有罪・無罪の判決を下してしまうと、勝ち・負けをつけてしまうことになり、
(特に全員が顔見知りのような村では)かえって恨みや溝を残してしまいます。
それに対して和解調停は、
丁寧に双方の主張を聞き、お互いが納得する案を調整します。
どちらかの主張をとるのではなく、
両方の主張を飲み込んだ第三案を合意点とするので、
後にしこりを残さずに済むのです。
炭鉱事故で半身不随になった青年の父親は、炭鉱経営者に治療費を請求しました。
炭鉱経営者も元は農民で、親会社から経営を請け負った直後でした。
青年も働き出して4日目の悲劇でした。
治療費は高額で、和解にはかなりの困難が予想されましたが、
裁判官たちの粘り強い説得で、何とか和解となりました。
和解後、原告の父親が炭鉱経営者に向かって、
「食事をしよう」と家に招く姿を見て、私は非常に感動しました。
もし裁判官がどちらかの主張をとるような判決を出していたら、
おそらくなかった光景だったと思います。
2009年、いよいよ日本では裁判員制度が始まります。
白黒つけるだけの目ではなく、
両者の溝をどう埋めるかという目を持っていたいと強く思いました。
(黒ネコ)
