サラリーマン日記 その15
2008年 11月 20日
苦労とは。
「あんた、お金払って学校行ってるうちはいいけど、社会は厳しいんよ。
人様からお金をいただくのは、並大抵ではないんよ。
社会人になったら分かるわ。」
私が受けてきた、親からの説教である。
小・中・高と長年にわたって繰り返し聞き、耳にたこができた。
10回目くらいまでは、うんうん、そうですか、と素直に聞いていたものの、
さらに繰り返されると、子供心ながらうっとうしくなってきたものだ。
こんな思いでいっぱいになりながら、ストレスを感じたものだった。
「あんたも社会で苦労しているかもしれんけど、オレも学校で苦労してんだよ!!」
「何回も何回も…1回聞きゃー、分かるっつーの。ったく、めんどくせーなぁ。。。」
「あ~ぁ、早く社会で自立して、こんな説教とはおさらばしてやる。」
そして、社会でサラリーマンをしている、今現在。
「なんで、こういうプロセスを踏んだん!?」
「こんな資料じゃ、お客さん、分かるわけないやろ!」
「もっと積極的にプロジェクトを引っ張っていかなアカンやんか!」
「じゃあこいつは金曜、こっちは来週月曜、そいつは来週水曜までに仕上げよう!」
上司から、日々、檄が飛ばされる。
納期を詰められ、
より高い次元で仕事を進めることができるよう、
プロジェクトごとに根本的な姿勢から叩きなおされ、
様々なスキルを叩き込まれていく中で、
すったもんだの、タイトな日々が積み重ねられていく。
なるほど、
社会に対する「責任」を背負い、
自分と家族の「生活」もかかっていたら、
そりゃあ、みんな、必死ですわな。
そんな風当たりの強いところで、
自分の「主体的な動機」もなく、
ただ指示に振り回され、
建前の人間関係をつなぐため、
がんばって愛嬌をふりまく日々を過ごすならば、
全ての仕事と人間関係は、
生活のための、ただの「苦労」としか感じないだろう。
上司からの叱咤に対しても、
自分はこんなに苦労しているのに、という不満は残っても、
向上心を感じることはないだろう。
でも、自分の人生に一本筋の通った道が見えていて、
それが会社の事業と一致していれば、
仕事も人間関係も、全てが自分の「糧」となり、
1分1秒が、意味のある時となっていく。
今になってようやく、親が繰り返し言っていた、
社会での「苦労」を感じることができた。
また、自分の心の持ち方次第で、
「苦労」は「苦労」でなくなることも分かった。
そして私は、親が伝えてきたことを、
自分の言葉で解釈することができた。
「自分のやりたいことを見つけろ。
やるからには、一流を目指せ。
それが、お前の生きる道だ。」
今、その道を歩いているよ。
(by tai)
