他者の幸せを祈ること
2008年 10月 12日
私達は、自分が恵まれている時、守られている時、人の事を思うのは簡単だ。
自分が幸せな時、遠く見ず知らずの人間を思いやるのは、意外と簡単だ。
しかし、私たちは、自分が不安で一杯一杯の時、もう心が崩れそうな時、
遠くの人を思いやる事は、思いのほか難しい。
自分の未来も不安定で、不安で心がもたげそうで、くじけそうな時、
それでも他者の幸せを願う事なんて、果たして出来るのだろうか。
悩み、もがき、苦しむ時、自分という人間がいかに卑賤で、
小さく、無力になのか思い知らされる。
とあるサラリーマン向けの雑誌に、こんな言葉が書いてあったのを思い出す。
「人類全体の状況を少しでも思い起こす想像力があるのなら、
自分だけの幸せなんてあり得ない」
「自分だけの幸せを願うのは、実に浅はかで愚かな行為だ」と。
私の上司が言った言葉で、忘れられない言葉がある。
「祈りとは、他者の幸せを思い浮かべることなのだ」と。
何をするにおいても、
本来自分たちは他者の幸せの為に思い、動く時、心が充実する。
勇気が沸き、知恵も生まれる。
情熱が人を惹きつけ、現実が少しずつ変わっていく。
そんな事は、言われなくても判っていたつもりなのだが-
誰にでもやってくる人生の分かれ道、決断の時。
自覚のあるないに関わらずやってくる、勝負の瞬間。
この一瞬一瞬を、私たちはどう生きているのだろう?
顔を上げて、胸を張って、誇りを持って、生きているのだろうか?
chiro
