愛のメガネをかけましょう

2008年 09月 16日

再び韓国ネタです。
みなさん、 「猟奇的な彼女」という映画をご存知でしょうか?
 
 
この映画はむちゃくちゃな要求をしてくる彼女と、

それに必死に答えて頑張る彼氏とのラブコメディーです。

 

 

 

 

ちなみにこの映画は、ネット上に流れていた実話をもとにしているそうです。
日本でも映画が大ヒットして、ドラマ化もされています。
 

 

ところで、この映画の面白いところは主役の2人の関係でしょう。
どう考えても彼女と彼氏は主従関係に近い状態になっています。
無理やりハイヒールを履かせてみたり、

向こう側の山まで行ってこいと命令したり。。。
しかし彼氏はそれに必死で答えていきます。
 

 

もちろん映画だから、と言ってしまえばそれまでですが、

ではなぜ彼氏はそこまでしてこの猟奇的な彼女と

付き合い続けることができたのでしょうか?
もちろん彼氏がマゾだと言うわけでありません(笑)。

 

 

その答えは一つ、「彼女が好きだから」、これしかありません。
だからどんなむちゃくちゃな要求を彼女から出されても、

それが彼女なりの愛の表現なのだと言うことを感じ取り、

それに彼氏なりの愛の表現で答えていくと言うのが

この映画の面白いところだと思うのです。

 

  

もし同じ要求を彼女ではなく別の人、

もっと言えば自分のことをよく思っていないような人からされたらどうでしょうか?
間違いなく「この人おかしな人だ」と思ったり、

「失礼だろ」と怒ったりするに違いありません。

 

 

この場合、先の彼女との違いは

二人の関係の中心に愛があるかないかの違いだということになります。

 

 

 

つまり、常識では変だと思えるような他人の言動も、

見方によってはそれが楽しく感じられたりもしてしまうのです。
 

 

私はこれを「愛のメガネ」をかけると表現することにしました。

 

 

さあ、みなさん。
みなさんは愛のメガネを持っていますか?
持っているとしたら、それは何人分ですか?

 

 

特に家族や親友、付き合っている相手がいる場合、

我知らずそういう人たちに対しては

愛のメガネをかけて見ていることに気づいてみましょう。

 

 

自分の愛する人からの言動だったら許せるのに、

それ以外の人が全く同じことをしたら怒ってしまうようなことが

皆さんにもきっとあるはずです。
 

 

つまり人は、

相手によって愛のメガネをかけたりはずしたりしながら

生活しているんですね。

 

 

 

 

逆に、もし過去にいやな思い出をした相手や、

そうでなくても良くないうわさを聞いたことがある相手には

「恨みのメガネ」や「不信のメガネ」をかけてみていたりする訳です。

 

 

一般的にこの「不信のメガネ」のことを私たちは「偏見」と表現しています。

 

 

私たちは「世界平和」とか「家族的な関係」とかを目指して活動していますが、

それは言い方を変えれば

私たちの周りにの人の「恨みのメガネ」や「不信のメガネ」をはずして、

「愛のメガネ」を配って歩いているということなのではないでしょうか?

 

 

もし本当に平和な世界ができたとしても、

今の世界と見た目はそこまで変わったものではないでしょうし、

人同士の性格の違いや考え方の違いはその世界にも必ずあるはずです。

 

 

しかし、全く同じことでも

「不信のメガネ」ではなく「愛のメガネ」をかけてみれば、

同じ言動を見てもそこに恨みや不信ではなく愛を感じるようになるわけです。
 

 

まずは私から、

自分が持っている「恨みのメガネ」や「不信のメガネ」をはずして、

「愛のメガネ」をかける努力をしていきましょう。

 

 

どうせ偏見を持つのなら「愛の偏見」を持ちたいものですね!
 

 

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