関西人の誇り
2008年 07月 31日
今、私は京都府内で仕事をしているのですが、同期の仲間には様々な経歴の人がいます。
大学からストレートの好成績で就職した人。
3年間勤めた会社を辞めて、今の仕事に就いた人。
父親が倒れて一度は農家を引き継ぎ、また新たに今の仕事に就いた人。
経歴もバラバラなら、出身地もバラバラ。
京都の南部の人もいれば、北部の人も、そして香川やら、鳥取やら、石川やら、青森やら・・・
そういった関西圏以外から来た人の中には、関西になかなか馴染めない方もいます。
「関西のノリって、わからない。」
「ボケとかツッコミとか、よくわからない。」
「関西の人の言葉は、キツイ。」
新人研修でたまたま同じグループになった青森出身の彼女も、その一人でした。
彼女はかなり馴染めていないらしく、ある日、回転寿司を一緒に食べに行ったときのこと。
「関西の人って、何であんなに笑いに貪欲なの?」
彼女は関西人の私に向かって、真剣な眼差しでそう聞いてきました。
確かに彼女は、普段もかなり大人しく、落ち着いていて、非常に真面目な方でした。
そんな彼女にとって「関西人がいつも笑いを求める」ということは、非常に不思議な光景に映ったようです。
ところが、私にとっては、彼女の方がとても不思議に見えていました。
いつも真面目で、とっても賢そうな彼女は、何だか表情がいつも硬くて、心もすごく閉ざしているような印象を受けていたからでした。
私は、「ここがチャンス!!」と思い、回転寿司のテーブルで、ひたすら関西の笑いについて語りました。
関西の人が笑いを求める理由は、基本的に「楽しいこと」が好きだからなんです。
「笑える」って、素直にとても楽しいことだし、素晴らしいこと。
だって笑いたくても笑えない人ってたくさんいますよね?
関西人は、毎日何かと笑っていますから。
やっぱり何でも楽しみながら出来た方がいいじゃないですか。
その方が長続きするし、長生きも出切るらしいし、学習効果も高まるらしいですよ。
大きく言えば、「笑い」は、「happy」なんですよ。
例えば何か失敗しても、それを「笑い話」にすれば、失敗が失敗で終わらないんです。
失敗が失敗じゃなくなって、ミスどころか「happy」に変わったら、悩むことなんてなくなります。
「はぁー、どうしよう。」で一日を終わらすんじゃなくって、
「あー、面白かった。」で終わった方が、明日もがんばれますよ!・・・
こんなことを、もちろん笑いを交えながら(実践しながら)延々と説明している内に、少しずつ彼女の表情が和らいできたのを感じました。
ところで、関西人はいつも笑ってますが、
決して関西人の周りにだけ面白いことが起こっているのではありません。
関西人は、「①面白いことを探す能力」と、
「②面白いことを作り出す能力」に長けているんだと思います。
同じ物事でも、関西人には面白いものに見えたり、面白さを作る材料になるんです。
面白いことなんて、待ってても現れないんです。
面白いことを見つけるんです。
面白くないことを、面白くするんです。
でも、笑いとは決して相手をけなして作り出すものではありません。
本当に価値ある笑いとは、「相手を笑わせるための笑い」であるべきなのです。
だからこそ職業としても成立するのです。
相手が悩んでいようと、落ち込んでいようと、「相手を笑わせること」、
つまり、「相手をhappyにすること」、これが笑いをこよなく愛する、関西人の誇りなのです。
帰り道、彼女を家まで送る車内で、彼女は私にこう言ってくれました。
「今日で関西人のイメージが変わったよ。」
彼女の表情は、幾分か開放感に満ちた笑顔に変わっていました。
(黒ネコ)
