番組制作とホリエモンと人生の教訓

2008年 07月 27日

実は先日、うちの家にテレビ局の取材が来ました。
といっても、別に何か悪いことはしたわけではなく、子育てママさんを扱っている番組が、国際カップルの子育ての様子を取材したいということで訪ねてきたのです。

 

 

その番組は某民放でやっている5分間のミニ番組なんですが(『世界の車窓から』みたいなもの)、その5分間の内容のために、ディレクターやカメラマン、音響に照明スタッフと、スタッフ5人がかりで4時間以上かけて撮影していきました。

 

 

 

撮影で使ったフィルム自体はおそらく1時間分ほどでしょうから、単純に考えて約12倍の労力をかけているわけです。

 

 

私たちが普段何気なく見ているテレビ番組ですが、実際にはその何十倍もの時間の準備・取材等の、決して表に現れることのないスタッフの労力が隠れているわけです。

 

 

その取材を受けてから、テレビ番組の見方がちょっと変わったような気がします。
この一つの番組を作るために、いったいどれだけの時間をかけたんだろうと、そういう眼で見るようになったのです。

 

 

特にドキュメンタリー番組などの場合、中には数年前から企画・取材を始め、何百時間も撮りためてきたものを、たった1時間か2時間に凝縮して放送するものもあるのですから、その労力たるは大変なものです。

 

 

逆に言えば、そういった目に見えない多くの投入があってこそ、はじめて人の心を打つ中身の濃い番組ができるのであって、努力を惜しんで奇をてらって作ったものは、中身が薄く、観るものに何も残さない番組となってしまいます。

 

 

これは人の人生にも当てはまることではないでしょうか。

 

 

人知れず努力を積み重ね、人としての中身を濃くするために多くの時間と労力を投入してきた人こそ、語る言葉にも説得力があり、多くの人を動かす力をもった人になれるのです。

 

 

逆に一時的な成功だけを追い求め、人としての中身を備える努力や苦労を惜しんできた人は、たとえ一時は成功して時代の寵児のようにもてはやされたとしても、その栄華は決して長くは続かないものです。

 

 

ちょうど先日、二審でも実刑判決を言い渡された堀江被告が逮捕された際、「自分は生き急ぎすぎたかもしれない」と語ったそうですが、あまりにも「生き急ぐ」人が多い今の世の中、人生をもっと長いスパンで見つめる、本当の“スローライフ”的発想が必要なのではないでしょうか。

 

 

※奇をてらう【奇を衒う】
風変わりなことをして、人の関心を引く。 (大辞林より) 

 

Arthur

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