最高に!幸せ&豊かな人生は自分を好きになるところから♪
2008年 06月 29日
プライベートな話で恐縮だが、先月私は4人目の出産を無事終えたばかり。今は不眠不休の睡眠不足の毎日だ。
出産が4人目となると周囲の看護婦さんや助産師さんは私のことを「もうベテランさんだから~」と口々に言うので、本人もその気になっていたが、だからといってお産が楽になるわけではないようだ。
確かに経験を積んでいるので多少は精神的には強くなったかもしれないが、やっぱりすごく痛かった!!「あれ~!?お産ってこんなに痛かったっけ?!」と思ってしまった。
前回までの上の子3人の時の痛みを完全に忘れてしまっているのだ。それに毎回2ヶ月間はつわりで「げーげー」吐きながら入院生活で苦しんだ。
「こんなに苦しいなら妊娠しなければ良かった~。」と、何度思って耐え抜いたことだろう。でもこの時の感覚も完全に忘れている。だから何度でも産めるのかもしれない。「いちがいに忘れるということも悪いことではないのだな~。」と一人納得する。
ところで、この妊娠から出産、そして育児に関わっていく中で私が味わい、実感した素敵なお話を今回から少ししようと思う。
なぜなら人生の男性諸君にはきっと(永遠に!)なかなか実感できない世界だろうし、女性でも出産を経験してこそ実感できる世界だと感じるからだ。これは、心のずっと深い根っこのところに刻んでおいて忘れないで欲しい大切なメッセージだと思う。それが土台となってこそ、はじめて「あなたらしい最高に!幸せで豊かな人生」の出発ができると私は感じる。
このメッセージは自分の中の「中心の軸」を支える根っこの部分にあたる。根っこがしっかりしてこそ中心軸はブレることなくしっかり立つのだし、内面にこの中心の軸(核心的価値観)を持っていれば、流行や他人の意見、環境とか不安、恐れといった感情とかに簡単に振り回されない「私らしい人生」送れるようになると思う。だから日々頑張って生活をしているあなたにこのメッセージをお伝えしたい。
なんとももったいぶった長い前書きになってしまったが、本題に入ろう。私が初めて出産した時に経験した不思議な話だ。別に信じてくれなくても良いが、まあ読んでみてくれたまえ。(^_^)
いよいよお産を迎える頃になり陣痛が始まった。微弱陣痛で長~くゆっくり進むペースのお産だった。これは結構堪えるのだ。痛いし、疲れるし、眠くなるしで本当に大変忍耐のいるお産だった。「根性のない私が最後まで無事産めるかしら~(-_-;)」と不安と心配な気持ちと何やら情けない気持ちで涙ぐんでしまった。
付き添ってくれていた母が「大丈夫。大丈夫。頑張って。」と励ましながら、私の気を紛らわすために自分のお産のときの話をしてくれた。母も大変だったらしい。その話を聞いていたら突然目の前にリアルな映像が浮かび上がった。「痛い~。もう嫌だ~!」と言いながらも懸命に耐えて自分を産もうとしてくれていた母の姿。今は亡きお祖母ちゃんが、夫に先立たれて間もない戦時中に私の母を産んでいる姿。そしてその祖母を産んでいる曾お祖母ちゃんの姿...。
今より豊かでない過酷な環境の中であり、母子共に健康に生きていくのが難しかった時代だ。新しい生命を産み出すということは、自分が痛い思いをする、まさに命懸けなことだ。「なぜそこまでして産むのだろうか?」一瞬、疑問が頭をよぎる。すると「それはあなたに会いたかったからよ。」と答えが返ってきた。
「ああそうか、私はこうして生まれてきたんだなあ。」「苦労して痛い思いしてでも、産んでくれたから今私がここにいるんだなあ。」「母もお祖母ちゃん、曾お祖母ちゃん、そしてその上の代からの私の先祖が、どれほど多くの涙を流しながら、苦労して生命のリレーを私まで繋げてきてくれたことだろう。」「私の存在は本当に親から子へ愛されてきた“愛の証”なんだなあ。」
食べ物も十分になかったし、夏は暑苦しいし冬は寒かっただろうし決して豊かでなかった時代。どんな気持ちで生き抜いてきたのだろう。いろいろな想いが浮かんできて、突然私はおいおい泣き出してしまった。「痛いの?」母は陣痛のせいで泣いたのかと思ったらしい。いや、あまりにも感極まってしまったのだ。「お母さん。私を産んでくれてありがとう!私、頑張るわ。」そうなのだ、今あなたが生きているのもずっと昔から愛されてきたからなのだ。
次回に続く→
(From 北の国から)
