大学で何を学ぶか?
2008年 06月 02日
先日、用事があって東京外国語大学に行きました。時間があったので生協の本屋に入って、外大はどんなラインナップの本を置いているんだろうと覗いてみました。
そこで、『大学で何を学ぶか』(幻冬舎)という文庫本を見つけ、筆者の浅羽通明が結構好きだったこともあって、買って読んでみました。
この本の趣旨はあとがきに書いてあります(あとがきだけ読んだんじゃないからね)。
大学の先生による大学についての本は、どれもこれも学問と知性という、現在の大学生にとってはごく特殊な領域が、いまなお大学の中心であるかのような錯覚に立って書かれている。
そうではなく、もっと世の中の全体―特に会社という「世間」―にとっての大学の意義を踏まえて、「大学で何を学ぶか」を考える本が、学生のためにも必要である。
筆者の言いたいことは、大学のカリキュラムにただ乗っかってもどうしょうもない。ほとんどの大学カリキュラムは悲しいくらい何の役にも立たないから、ちょうどパソコンを自分仕様にカスタマイズするように、大学にある『使える』リソース(ソフト)だけをチョイスし、他にも資格や英会話スクール、ボランティア活動、旅行などの「市販オプション」をインストールして、自分で大学のカリキュラム(PC)を作れ、っていうこと。
今まで大学で価値あるものと考えられてきた「教養」や「読書」の意義をここまで情け容赦なく解体されると、一種痛快でもあります。大学の迷走ぶりは、『最高学府はバカだらけ』(光文社新書)にもあるように、大学全入時代を迎え、生き残りをかけて一層加速しています。
ただ、1999年発行の本なので、ちょっと古いかもしれません。
その後少しずつですが大学の方も改革が進んでいます。本を買った東京外国語大学でも、多言語・多文化教育研究センターというところがあって、在日外国人児童のための教材開発などを行っています。
自分たちの「学問」を社会に還元するプロセスで学ぶという新しい潮流(サービス・ラーニングとか)が生まれつつあります。どうなるんでしょうね。(Aki)
