ハリーポッター VS ロード オブ ザリング -知的所有権の限界-

2008年 05月 30日

魔法使いナンバーワンは誰なのか?指輪の真の所有者は誰か?

 

 

ポッターとフロドの一騎打ちだ。
鼻血が飛び散り、メガネにヒビが入る。

箒で殴りかかるポッターと、涙目で拳を繰り出すフロド。
男と男のプライドをかけた熱き真剣勝負が今、幕を開ける…!!

 

 

…というような壮絶な光景を想像させてしまうこの題名、

「ハリーポッターVSロードオブザリング」。

 

 

これは私が最近、カンボジアのショッピングセンターで見かけたDVDのタイトルである。

 

 

実際、何のことはない。
ただハリポタシリーズ5作と、ロードオブザリング3作が2枚のDVDに収められた映画のアソートだ。しかもこの2枚組みのDVD、値段はたったの8$と超格安!!
あの大作達が一本に収まった夢のようなDVDセット。これは買うしかない!!

 

 

…とは言ったものの、ちょっと待て。

 

 

これは日本で普通に考えたら大問題だ。
“某NGO職員、知的財産侵害で逮捕!!”というニュースの記事が目に浮かび、購入をためらってしまう。
カバーこそ本物らしく作られているが、これは紛れも無く違法コピーだ。

 

 

しかも「ハリーポッターVSロードオブザリング」の“VS”ってなんだ。

 


もうご周知の事とは思うが、今や世界各国で知的財産の保護が極めて難しい状況にある。
インターネットの普及やコンピューターテクノロジーの発展は、知的財産の保護を限りなく不可能にしている。

 

 

特に中国人の放つコピーの技は完璧な仕上がりであり、もはや芸術の域である。
実際目にした方は判ると思うが、本物と何の遜色もない。

 

 

DVDに限らず、ソフトウェアからゲームまで幅広く、モナリザもびっくりの贋作テクノロジー。

 

 

ここカンボジアでもそうだが、もう知的財産も何もあったものではない。
コピーが出回っているとかいう段階では無く、もはや“正統”なDVDの方が入手不可能である。

 

 

最近よく聞くのが“対中感情”。中国人だけは好きになれないという日本人も見かけるし、北京五輪も妨害活動に遭っていて難色を見せている。
たしかに、知的財産を侵害された身とあっては面白いはずがない。この“猿真似野郎!!”という罵声やトマトの一つや二つ飛び交っても仕方がない。

 

しかし、実際に侵害された知的財産は、何も中国人の懐を肥やしているだけではない事に気づく。
特に途上国に住んでいると、彼らが“盗んだ”とされるテクノロジーが如何に途上国の発展に寄与しているかが、よく判る。

 

 

例えば某会社のデータ解析ソフト。
社会学の統計データの集計に使われる専門ソフトだが、これは普通に買えば軽く10万円はする代物であり、とてもじゃないが途上国の大学や教員、まして学生が購入できるわけがない。
そのソフトが実際にコンピューター演習などの授業で使われており、学生達も購入している。この国では、たったの2$で買えるからだ。
いわゆる、知識の平準化が、少々強引な形で進んでいるのが判る。

 

 

やっと整ってきたインフラストラクチャー、少しずつ進む情報化社会。
その管理を担っているのが、中国経由でやってきた安いプログラムや資材。

 

 

今後、コンピューター技術はますます発展の中核部分を占めるようになるだろうし、もはや流出した知的財産を保護する事は不可能であると思う。

 

 

そして、東南アジア圏ならどこにでも存在するのが“華僑”と呼ばれる人々。
タイ、ベトナム、モンゴル、フィリピン、マレーシア、カンボジア、どこに行っても必ず見かけるのは漢字で書かれた看板と中華料理店。

 

 

いわゆる華僑の人々がリーダー職に就いているケースは途上国ではすごく高い。
何故なら、中国系の人々は基本的に勤勉で、高い能力がある場合が多い。

 

 

ゆったりした東南アジアの文化の中で、ふてぶてしいまでのチャイナ文化は発展の牽引力として働いており、華僑の人々によって確実に広がっている。カンボジアもその典型であろう。

 

 

ただの“儲け一番主義”だけで、異国の地に根付いて、経済の礎を築き、そして現地の血と混ざって広がる事は決して簡単には出来ない。そこには中華民族の異常なまでの力強さと、したたかさ、環境適応力、そして“なりふり構わぬ底力”が感じられる。

 

 

サバイバルを勝ち抜く為に研ぎ澄まされたハングリー精神に、もはや奇麗事やタテマエだけの付き合いは通用しない。実際、中華コピーによる恩恵の大きさは、NGOのプロジェクトの比ではないだろう。

 

 

多分、私がこうやって華僑や中国の事を良く思えるのは、大学生時代に多くの中国人の友人に恵まれたからに他ならないと思う。
私が出会った中国人は、みな親切で、何より“毎日を一生懸命生きている”力強さを感じさせる人々が多かった。

 

 

もちろん、知的財産はこれからも開発者の生活を護る為に絶対無くてはならないが、生きるのに必死な人々にそれを強要するのは酷ではないだろうか。

 

 

まず目的があり、護るべき優先事項があってこその“法”。今後、ますます情報の流通が盛んになるだろう。私達は何を優先し、どのような知的財産“法”を持つべきなのだろうか。

 

 

Chiro

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