金メダルよりも大切なもの

2008年 04月 10日

いよいよ北京五輪開会まで4ヶ月を切りました。世界中の一流選手が、国を背負って競い合うオリンピックは、毎回大きな感動を与えてくれますが、今回の五輪は現時点では期待感が高まるというより、不安感が高まっているとも言えます。

 

大気汚染や食の安全の問題もありますが、聖火リレーまでもが妨害されているように、もっと深刻なのはチベット住民に対する人権問題でしょう。

 

東西冷戦という政治的理由から、かつて日本はモスクワ・オリンピック(1980年)をボイコットしたことがありますが、その時、柔道の山下選手やメダルを期待されていた体操やレスリングの選手が、スポーツに政治を持ち込まないでくれと、涙ながらに訴えました。
 
確かにスポーツに政治が介入することは、よくないことですが、チベットでの暴動を機に世界的に高まってきた北京五輪ボイコットの動きも悪なのでしょうか。「政治をスポーツに持ち込むな」という中国政府の反応のほうが正しいのでしょうか。

 

  多くのスポーツ選手にとって、五輪は選手人生における一大ハイライトです。さらに、4年に一度ということもあり、今回が最後の五輪という選手も少なくありません。出場するために費やした時間や流した汗、涙を思えば、他国の政治的な問題でそれらを諦めるなんて全くナンセンスと考えるのも当然かもしれません。

 

 しかし、自分はスポーツ選手だから、あるいはそれは開催国の問題だからという理由で、いま起きている政治的な事件には無関心であっていいというものではないと思います。

 

 ドイツでは、ある陸上競技の選手が中国政府に抗議の意を示すために、開会式にチベットの民族衣裳で参加することを考えているようです。それは有効な方法ではないかもしれませんが、北京から遠く離れたドイツに、チベットの今を考えている選手がいることは伝わります。

 

 「日本のスポーツは、政治とは完全に無縁だ」ということは、今回の場合、胸を張って言える内容なのだろうかと、疑問に感じます。

 

 スポーツも確かに大切なものですが、しかし、所詮はスポーツです。平和を象徴するはずの祭典が、カーテンの裏で行われている人権弾圧を覆い隠すためのものだとしたら、その状態の改善をアピールする選手が、日本からも現れてほしいものです。

 

 世界の頂点に立つための努力は並大抵ではありません。もっともメダルの価値を知っている人が、「私はメダルを失ったとしても、世界の平和を実現したい」とアピールすれば、その高いスポーツマン・シップは、世界の現状を変える力になるような気がします。 

 

(taka)

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