大切な落し物

2008年 03月 25日

 開発援助という仕事。
 

 

 途上国という国に住んでいると、
 職業柄どうしても心を麻痺させないといけない時がある。
 考えてはいけない事がある。
 ドライにならざるを得ない事がある。

 

 

 物乞いたちの行く先、ストリートチルドレンの人生、遺棄された命たちの行方。
 

 目を合わせてはいけない時がある。

 目が合うとき、彼らの人生と心に触れる時、彼らに親しみを感じてしまう時、

 彼らの行く末を知ってしまう時、心の痛みには耐えられない。

 

 統計で示された絶望的な数字が物語る、彼らの絶望的な未来。
 

 いっそ”他人”でいるしかない。汚い風景に彼らを溶け込ませ、
 自分の無力さや小ささを正当化し、
 “自分がもっと頑張るしかない”と自分に言い聞かせて、無表情に立ち去る。

 

 “それが強さなんだ。それが大人になる事だ”。

 

 ラベンダー色のお化けがそっと寄ってきて、耳元でそう囁いた。

 ちょっとだけ、“大人”になった気がした。
 ものすごく、世界が寂しくなった気がした。

 

 

 でも、その度に、“彼ら”は私に教えてくれる。

 

 彼らも、貴方も、同じ世界に生きているんですよ、と。
 言葉を超えた、涙という名のメッセージ。

 

 

 命は生きていく。
 確かに小さくわずかでも、
 ゆっくり確実に芽を伸ばし、小さな命たちは生きている。

 

 

 子どもたちの目は輝いている。命は必ず明日に向かって芽吹く。

 

 

 そんな大切なものを、大事に大事に育んで生きたい。たとえ今は小さく無力でも、彼らにとって少しでも良いものを残してあげる兄ちゃんでありたい。

 

 

 新しく訪れる人々の涙が、大切な人の涙が、自分にそう教えてくれるのだ。


 

  “あのぅ…、これ落し物ですけど、貴方のですか?”

 

 

  “あ~! これオレのだ!! どうも、ありがとう。僕も今探してたんです。
  いやぁ~、これ、すごく大事な物なんです。本当にありがとう!”


 

 大切な物は、自分で捨てない限り、巡りめぐって帰ってくるものなのかもしれない。(Chiro

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