雪下ニンジン

2008年 03月 05日

スーパーマーケットでニンジンが並んでいるのを見ると、

「これは、どんな『想い』が詰まったニンジンなのかなぁ」

と一人想像をめぐらすことがある。

 

 

そんなことを考えるようになったのは、かつて新潟中越地震時にボランティアをした際に、一人の陽気な農家のおじさんと仲良くなったことがきっかけであった。
震災直後は田畑も崩れ、悲惨な状態だったその山村も、翌年にはすっかり落ち着きを取り戻し、私は春先に再び新潟の地を訪れ、まだ雪がまばらに残る畑で「ニンジン」堀りのお手伝いをしていた。

 

そこでの最大の衝撃は、その畑でとれた、その一本の生ニンジンがあまりにも美味しかったことだ。 形も不恰好だったし、特に調理したわけでもない。
そもそも私は子どもの頃からずっとニンジンが好きでなかったのに。。。

 

そのおじさんは「そらっ、美味しいだろ!」と嬉しさを顔いっぱいで表現しながら、解説してくれた。

 

「この雪下ニンジンは、深い雪の下で冬を越すうちに、普通のニンジンより甘くなるんだよ。特有の臭みもないし、ニンジン嫌いな子どもでも喜んで食べてくれるよ」と。

 

「雪を耐え忍び、甘く熟したニンジンを、都会の子どもたちに美味しく食べてもらいたい」。それが、そのおじさんの一途な想いだった。

 

この山村では毎年2メートルにもなる豪雪のため、冬季に農作業はほとんどできない。そればかりか村で協力して雪かきをしないと玄関から外にでられないお年寄りもでてくる。かつては雪崩で人が亡くなったこともある。

 

だからといって、村の人たちは決して不平不満を言わないし、悲壮感はない。
常にありのままの自然を謙虚に受け入れ、村の仲間で協力して笑顔で耐え忍び、
他では決して作れない美味しい米や野菜を作る。

 

私たちは本来こうした「謙虚さ」「忍耐強さ」「創造性」をもった存在なのかも知れない。
どんなに社会が便利になろうとも、決して人として失ってはいけないものの一つだろう。

 

(PON)

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