あきらめなければ・・・
2008年 02月 28日
あきらめる。
だれもがこのドロ沼にはまり、いつしか抜け出すことをやめる、魔の領域。
私たちは、いつ、この「あきらめる」という美酒の味を知ってしまうのだろうか。
人は生きていく中でさまざまな障壁に出会う。
それは、ガキ大将のゲンコツであったり、
隣のクラスメートのテストの点数であったり。
自分にとって、
「これは努力ではかなわない」
と思わせられることであることが圧倒的だ。
ケンカでは、誰にも負けないと思ってたのに、あいつにはかなわない。
勉強なら一番になれるかもしれないと思ってたのに、こいつには手が届かない。
そんなことは誰にだってあることなのに、
いつしか人は、「あきらめる」というクセを身につけてしまうのだ。
そのことについて考えることがあるので書いてみよう。
人はまず、自分に都合のいい現実を描きたがる。
オレは力が強い。頭がいい。かっこいい。などなど・・・。
そしてもっともやっかいなのは、
「この世界はオレ中心に回ってる!」
という感覚だ。
いや、私は思ったこともありません、ですって?
ほんとに?
だって、信号を無視して横断歩道を渡る時、
オレは事故にあわないと思ってるでしょ?
でも現実は交通事故死の多いこと!
これなどは典型的な例で、
自分だけは絶対安全だと思い込んでいるものなのだ。
それも無意識のうちに。
そう、人は自らにものすごく甘いのである。
これが、一つの事実を示していることにお気づきだろうか?
それは、人が自らを無意識のうちに洗脳しているという事実である。
「こうありたい」という願望から始まり、
さらには「こうあるべき」という自己像を作り出す。
しかもやっかいなのは、
前向きな洗脳よりも、後ろ向きな洗脳のほうが行われやすいということなのだ。
つまり、
「自分は努力してもどうせものにはならない人間だ」
「自分には運がないから努力してもムダだ」
という「思い込み」を無意識のうちに持っているのである。
これが本当なら、大事件ではないか。
なぜなら、人は、
「こうあるべき」「こうありたい」と願っていたはずなのに、
いつのまにか、
「こうなんだ」「しかたないんだ」と思い込んでいるのだから。
こういう人に幸運が訪れるはずはない。
だって、
「私は幸せになってはいけない人間」なのだから。
そう思い込んだのだから、どうしようもない。
言っている意味がお分かりだろうか?
私たちは、いつのまにか自分の限界を決め、
それ以上努力することを放棄してしまうのである。
これこそが「あきらめる」という魔物の正体なのだ。
では、どうしたらよいか?
カンタンだ。あきらめなければいい。
なんだって?いいかげんなことをいうな?
でも、それしか残された道はない。
今までの自分を忘れ、成功するまで「あきらめない」自分像を、
自らに刷り込むのだ。
そう、かつて、あなたが「あきらめ」の魔物を心に住まわせたように、
今度は「やりとおす」という天使を心に住まわせるのだ。
そうすることでしか、結局変わらない。
今ならまだ遅くはない。
死ぬ前に気づいたのだから。
今、この瞬間から始められるカンタンな方法はただ一つ、
「オレはダメだとは、一生言わない」と
誓うことだ。
そして、
「オレはなんでもできる。成功する!」
とつぶやくことなのだ。
さあ、あなたも誓いなさい。
きっと世界が変わります。
(GTS)
