はなし愛、むかい愛、かたり愛

2008年 02月 20日

題名は非常に突拍子もないものなのですが、

果たして本文と関係があるのかないのか・・・
そこのところは、本文と比べてご判断ください(笑)


さて、コーディネーターの皆さんは多くの方が

団体のリーダーであったり、それに準じるような役割を

やっておられたりするかと思います。
リーダーであったり、それに近い役割になると、

メンバーたちと話し合い、

時には様子を聞いたり、時にはアドバイスしたりする、
そういう機会が多くなるかと思います。
世間一般的にはメンタリングとか

コーチングといった形で呼ばれることもありますよね。


・・・が、

私はそういう話し合いとかメンタリングといったものが、だいぶ苦手でした。
もしかしたらまだ苦手かもしれません(笑)


自分でも「どうしてなのか」と思うのですが、
自分で思いつく原因としては、
「こういう風になってもらいたい」、

「こんな感じで話していこう」とか、
自分で散々シミュレーションして臨むことだったように思います。

 

そんな自分、ある時とても悩みました。
というのは、あるメンバーとのメンタリング

(と、いうほどすごいことをしてきたわけではないので以下:話し合い、にします)

が、どうしてもうまくいかなかったのです。

 

あるメンバーは悩んでいました。
はじめ相談されたとき、自分はそのメンバーがどうして悩んでいるのかということを、
しっかりと聞いてあげることもできませんでした。

 

その後、その悩みを解決したいと思って、メンバーと話し合う場を持ちました。
が、結果は、う~ん・・・
メンバーが思っていることを、どうしても全部聞いてあげられない、という感じだったのです。
なんとなく噛み合えないまま過ぎる時間。。。

終わった後には、メンバーの方が悩んでいるはずが、

「どうしてメンバーのために話を聞いてあげることもできないのか」と、

正直、聞く側の自分の方が落ち込んでしまいました。


でも、その後に気づくことがありました。
果たして自分は誰のために話を聞こうとしていたのか、ということです。
先にも書いたように、自分勝手に話す前からシミュレーションをやって、
こうするぞ、みたいな準備をして臨んでいた自分。
そんなシミュレーションをして、
それに沿うようにしようという気ばかり逸って緊張していた自分。


それは結局、自分が進ませたい方向にだけ進ませようとしている
一人よがりだったんではないか、と思ったのです。
少し前の「人は勝手に育つもの!?」の記事にあるように、
こういう風にしてあげようと考えていた自分には自惚れがあったのかなと思います。
自分は本当にそのメンバーにむかいあってあげていなかったんだと思いました。


自分が思うこと、相手が思ったことをもっとオープンマインドで
語り合うことが本当の話しあいだったのでしょう。
それに気づいたときは、メンバーに本当にすまなかったなと思いました。
また、どんな流れの話になっても、それを聞いて、それにむかいあって話そうと思いました。


その後、そのメンバーとは改めて話しあいをすることで、
メンバーがどう考えているのか、これからどうしていこうかといった話ができました。
それは本来普通の話しあいであるはずなのですが、
それが終わったときの自分は本当にうれしかったのです。


今までよりメンバーにむかいあうことができたなと思ったからです。
これも一つのインサイドアウトということでもあるのかなと思いました。


長々書きましたが、今回の話はコーディネーターの皆さんから見れば、基本のような話かと思います。
が、自分にとっては、この期間はとても意味あるものでした。
大事なメンバーを心配しているつもりが、
それを伝えることもうまくできず、言葉にできない気持ちになる時もありました。
でも、最後は、一人一人に本当にむかいあっていくことの意味みたいなものを
改めて感じることができたかなと思います。


メンバーたちに愛をもって対していくこと、頭で知っていても、やるのは本当に難しいものですね。
それでもメンバーたちが笑顔になってくれたときのことを思い出せば、
やっぱりそうできるようにがんばりたいもんです☆


これからもがんばるぞ~~!

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