アリバイ作りでないCSR
2008年 02月 18日
先週のニューズウィーク日本版(2月13日)の特集は、企業の社会的責任ランキングでした。
企業の社会的責任(CSR)という言葉もずいぶんメジャーになった感があります。環境への取り組みのPRや不祥事に対する企業統治(コーポレート・ガバナンス)など様々な文脈で使われていて、最初は、バブル期のメセナ(文化・芸術活動支援)と同じように言葉が独り歩きしているようにも思ったのですが、最近、概念自体は整理されてきました。
地球温暖化や資源枯渇問題に対する危機感が、かなり浸透したこともあって、企業活動に対する見方や評価の軸が「利益」や「規模」だけから、かなり多様化してきたという事情も社会的バックグラウンドとしてあります。
そもそも環境問題などは人間の経済活動の副産物なのですから、企業がCSRなどと言って、社会貢献をアピールすること自体、「単なるエクスキューズ(アリバイ作り?)やん」と個人的には思っていました。
安い原料や労働力を地球の裏側から調達するようなサプライチェーン(調達網)の距離が長くなるグローバル化した経済システム自体が地球環境にとって負荷をかけているという批判もあります。
※例えば、今日私たちが食べている食べ物も遠くから運ばれてきていますし、その輸送にかかるCO2排出量を考えようという「フード・マイレージ」というキャンペーンもあります。そのウェブサイトはとてもおシャレですので、ぜひご覧ください。
企業の存在と活動自体が、環境に悪影響を与えているという「原罪」を認識しつつも、CSRは企業の本業自体のプラス・アルファではなく、本業自体であるという考え方も出てきています。本音と建前の一致ですね。
CSR世界ランキング1位であるスイスの鉱山会社大手のエクストラーダは、CSRは慈善的な持ち出しではなく経営の生命線であるという哲学を持っています。
企業がそもそも何のために存在するのかという存在意義(CI=コーポレート・アイデンティティ)自体を問い直し、CSRを本業やコア・ビジネスの中にどのようにビルトインしていくかという点がCSRの最も本質的な問いだと思います。(Aki)
