「教育」について考える

2008年 02月 12日

最近、「フィンランド式教育」が話題になっていますね。

 

フィンランドはPISA(OECD生徒の学習到達度調査)で常に上位を占めており、

2006年の調査では「科学的リテラシー」が1位、

「読解力」「数学的リテラシー」で2位に輝きました。

 

それに比べわが国は調査を重ねるごとに順位を落とし、

2006の調査ではついに「数学的応用力」10位、「読解力」15位、

「科学的応用力」6位にまで落ちてしまいました。

 

フィンランド式教育の特徴をひと言で表現すれば、

「自分で学び、考える」教育だそうです。

 

 

例えば、「細胞」に関する理科の授業では、

生徒があらかじめ用意された藻やタマネギなどを顕微鏡で自由に観察した後、

自分の血液や毛髪などを顕微鏡で見始めます。

植物細胞と動物細胞の違いを先生が教えるのではなく、

生徒に自分で気づかせるようにしているのです。

 

さらに着目すべきは、毎年ヘルシンキの小中学校に支給される

2400ユーロ(約40万円)の使い道を、生徒自身が決めていることです。

映画や上映会や空気清浄機の設置など、クラスごとに意見をまとめて提出し、

学校全体で一つの案を採択します。

 

英語の「Educate」の語源がラテン語の「引き出す」という意味の言葉にあるように、

「Educate」にはもともと「相手の能力・可能性を引き出す」という意味があります。
その意味で「フィンランド式教育」は、

本当の「Education」に近いものなのかもしれません。

 

ところで実は、漢字の「教育」にも深い意味が込められています。

 

「教」の偏には「子」という字が含まれており、

旁の部分は大人がむちを持っている形を現しています。

つまり、「教」は「子どもをむち打つように厳しく習わせる様子」を表しています。

 

それに対して「育」の方は、上半分が「子」をさかさまにした形、

つまり頭を下にして生まれる子供を表し、下半分は「肉」、

つまり母の愛の暖かさを示しています。

 

 

 

つまり教育には、父親が子どもをむち打ってしつけなどを教える厳しさと、

母親が温かい心で受容しながら育むという、

厳愛と慈愛二つの側面が必要だということを、この漢字自体が表しているのです。

 

「教育の基礎は家庭教育にあり」。

 

なんでも教育制度や学校のせいにする前に、

まずは自分たちの家庭における夫婦のあり方と子育てのあり方を

見直すことから始めるべきですね。

Arthur)

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