プロ意識

2008年 01月 13日

 先日IDCJという財団主催の、評価に関する研修会に参加した。主なポイントは受益者の立場に立ったプロジェクト評価を行いましょうということだった。つまりNGO側が立てた達成目標を基準にプロジェクトの成否を判定することが多いが、結局プロジェクトの結果に受益者がどれだけ満足しているのかというところが評価基準であるべきだとする評価の考え方であった。


 そこでポイントになってくるのが「受益者の価値観」である。だからプロジェクトを行うにあたって、まず受益者の価値観を細かく把握する作業から始めましょうということであった。しかし、時には受益者の価値観が特殊な場合がある。例えば、男性だけが学校に行くべきだ、環境を破壊してでも収入を増やすべきだ、場合によってはナチスのようにユダヤ人を抹殺すべきだ、といった観点からニーズが生み出される可能性もある。

 

                     

 


 では受益者からそのようなニーズをベースとしたプロジェクト評価を依頼された場合にどうするのか?そこで出てくるのが「人類共通の価値観」という用語である。そして受益者から上記のような場合には、これは人類共通の価値観に反しているので評価できない、またはこのプロジェクトはいかなる結果をもたらしたとしてもやる価値の無いプロジェクトであった、という評価を下すのである。これが現在の評価の世界の通説になっているのであった。

 

 


 ここでまた一つ疑問が浮かぶ。「人類共通の価値観って何?」ということだ。人類共通ということは、誰もが認める絶対善といえるものの考え方とも言えるわけだが、そもそもそんなのあったっけ?と思うわずにはいられない。評価学の世界の中においてもこの問題は常に付きまとう疑問なのだろう。もちろん人類共通の価値観の根拠を、人権宣言などの公式文書の中に求めたりするわけだが、それだけで細かい様々なケースに対応しきれるわけではないだろう。そもそも評価学の世界に生きる人全てが、共通の価値観を持っているとも思えない。

 

  この価値観の多様な社会の中で、私達はどこに共通項を見出そうというのか?そういう意味では人類共通の価値観というものはまだ未開発の段階だと言えるのだろう。ただし、それが未開発だとしても、現場では何らかの判断を下さなくてはいけないときがある。ではどうするのか?実はそれが評価者自身の全人格であり信念なのである。別の言い方をすれば自身の良心と照らし合わせて最終的な判断をするということになるのである。そしてもうそこは評価学という学問上の理論・理屈を通り越したプロ意識の世界である。信念や全人格などという言葉を使うと、それは客観性を失うのではないかと思う人がいるかもしれない。しかし完全な客観性などありえないというのも評価学の通説である。


  知識や技術と同時に、常に自身の価値観も磨き続ける。それが本当のプロなのだと感じた一日であった。

 

 

 

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