2008年・勝手に大予測!
2008年 01月 03日
あらゆる時代は喜びと痛みとが絡み合っている。しかし痛みに対して喜びの優勢な時代があり、喜びに対して痛みの優勢な時代がある。前者は『喜びの時代』と呼ばれ、後者は『痛みの時代』と呼ばれ得よう。そして今日こそ『痛みの時代』である。今日を『痛みの時代』と呼ばずしていつの日をしか呼ぼうか。
【JASPERS(以下「J」)】 どうも~。やっくんで~す
【Levinas(以下「L」)】 れっくんで~す
【J&L】 あけまして、おめでとうございま~す!
【J】 いや~。とうとう、2008年になりましたね~。
【L】 君。その『いや~』ってのは、
『Happy New Year』のYearと、感嘆詞の『いや~』をかけているのかね?
【J】 えっ!? そ、そういうわけじゃないんですが……
【L】 2008年を迎えたというのに、そんなつまらないギャグを言って、
どうするというのかね? この記事を読んでくださっている方に
申しわけないとは、思わないのかい?
【J】 なんか、全くよく分からないんですが、とりあえずすみません。
【L】 この2008年は、自分ら超硬派路線でいくから。
【J】 おお~っ! やる気ですねぇ。
【L】 で、新年の企画にふさわしく……
『各全国紙の年頭社説を斬る!』をやろうと思う!
【J】 す、すごすぎる…… 今年は、ホントに超硬派路線や…
やっぱり、全国紙っていうと、朝日とか読売とかですか?
【L】 いや、ホットペッパーとか。
【J】 えっ!? ほ、ホットペッパー?
ホットペッパーに、年頭社説とかありましたっけ?
というより、ホットペッパーの何を斬るんですが?
【L】 クーポン。
【J】 ……
【L】 また、つまらぬ物を斬ってしまった…
【J】 ていうか、あなたを斬っていいですか?
『超硬派路線』は、どこに行ったんですか?
【L】 えっ? そんなこと言ったっけ?
【J】 …もういいです。
マジメな話、読売とかの
『各全国紙の年頭社説を斬る!』をやるんですよね?
【L】 うん。次回ね。
【J】 ここまで引っ張っといて、次回かよ!
【L】 だってさぁ。1月1日に記事が出て、
それを3日までにまとめるんも、しんどいわけですよ。
雑煮とかが、食べたいわけですよ。
【J】 何てわがままな……
【L】 まぁ、もし他の人がおんなじことやったら、しないと思うけどね。
それじゃ、次回をお楽しみに♪ じゃ~ね~♪
【J】 勝手に終わるんじゃねぇ!
2008年を表す漢字一文字を大予測!
【J】 せっかく、タイトルに『2008年・勝手に大予測!』とか、
書いちゃってるんだから、なんか予測しましょうよ。
【L】 何言ってんの。人生一寸先は闇だよ?
明日どうなるかだって、分かんないんだよ?
【J】 じゃあ、そんなタイトルつけんなよ……
ま、まぁ、せっかくだから、なんか予測しましょうよ。
そうだ。『2008年を表す漢字一文字』ってのはどうですか?
【L】 あぁ。毎年なんかやってるあれね。
去年は、なんだったっけ?
【J】 『偽』ですよ。
【L】 Nonsense!
【J】 はい!?
【L】 いや、2007年の漢字が『偽』ってのも、実は偽りかなぁ、
なんて思ってさ。
【J】 頭がこんがらがるから、やめてください。
で、2008年は、何だと思いますか?
【L】 『生死流転』
【J】 ……いや、1文字ですからね?
何で、4文字もあるんですか?
【L】 あぁ、ごめんごめん。じゃ、『イ』でどうかな?
【J】 日本初のテレビ放送じゃないんですから。
漢字一文字で、お願いします。
【L】 まぁ、どうせ予測だし、明るいやつでいこうかねぇ。
実際は、暗いのが多いし。
ここで、明るいやついっといたら、実際に世の中が明るくなるかも。
【J】 おお。いいこと言いますねぇ。
【L】 じゃあいくよ。『痛』!
【J】 ……全然、明るくない気がするんですけど…
他者の『痛み』を、どう引き受けるか
【L】 確かに、『痛み』という言葉には、あまり明るいイメージはないのかもね。
いわば『無益な痛み』ってやつかな。
でも、それでも『痛みを知る』ことは大事だと思うんだ。
【J】 う~ん。それって、
ケガとかしたときに、痛みが分からないと、
よけいひどくなっちゃう、ってことですか?
【L】 まぁ、それはそれで正しいとは思うのだけれど、
ここで言いたいのはそんなことじゃなくて、
『他者の痛みを知る』ってことなんだ。
【J】 他者の痛み、ですか。
【L】 実際、自分の身の回りにも、日本全体でも、世界中でも、
様々な形で、多くの人が『痛み』を感じているんだ。
飢餓とか病気とかの、体の痛み。
孤独や絶望などの、心の痛み。
……でも、人は、そうした他者の『痛み』を感じようとしない。
いや、感じようとしていないふりをしているわけだ。
【J】 『私が嘘と呼ぶのは、見えるものを見まいとすること、
あるいは見えるとおりには見まいとすること』
……なんて、だれか言ってましたっけ。
【L】 他者の『痛み』は、他者の『顔』を通して、
私に呼びかけられる。
こうしたとき、究極的には、私は、その呼びかけに対し、
受け入れるか拒絶するかの2択しかない。
無視するのも、当然拒絶に入るからね。
【J】 他者と『話すか殺すか』の2択しかない、ってところですか。
【L】 実際のところ、全ての他者の痛みを受け入れることはできないけれど、
それでも、真摯に他者の『痛み』に向き合おうとする姿勢。
そうした姿勢こそが、本当の喜びにつながっていくと思うんだ。
【J】 『痛』が、実は『喜』の裏写し。
『痛』がネガフィルムで、『喜』がポジフィルム。
そう考えると、『痛み』という考え方に対して、
ある種の『コペルニクス的転回』が必要なのかもしれないですね。
最後に
【L】 なんか、こんなん書いてると、マゾっぽく感じるけど、
そんなことが言いたいわけじゃないからね?
【J】 大丈夫ですよ。みんなわかってくれますよ。たぶん。
たぶんね……
(J&L)
