one for all, all for one
2007年 12月 06日
中学3年の正月、コタツに入ってお雑煮を食べながらテレビを見ていた私は、
泥んこになりながら一つのボールを奪い合う激しいスポーツ「ラグビー」に
初めて出会った。
中学の時にはスポーツといえばまず野球、
そしてサッカーやバスケ、バレーボール・・・
「ラグビー」なんてスポーツは名前くらいしか知らなかった。
でも初めてラグビーを見て、私はその荒々しさ、激しさに魅了されたのだ。
その日以来、私のラグビーをやりたいという思いはどんどん強くなり、
そして冬休み明け、私は職員室の担任のところへ行って、
「先生、ぼく県立やめて○○高校の体育科を受けます!
ラグビーやりたいんです!」
と言ってしまった。
担任から「お前はバカか!考え直せ!」
と散々言われ、教室に来る他の先生からも開口一番
「○○なんで県立受けんのや!」とみんなに言われた。
そして、その年の春から、高校・大学・社会人と15年間プレーすることになる。
花園にも行ったし、大学選手権で早稲田とも戦った。
しかし、今思えば、そんなこと以上に生きていく上で大切なことは
みんなラグビーを通して教えてもらった。
そのラグビーのスピリットが、「one for all ,all for one」である。
「一人はみんなのために、みんなは一人のために」

久しぶりに昔のことを思い出した。なぜか?
このスピリットを侮辱する事件があったから・・・
本当に残念でならない。
関東学院大学といえば、今や大学ラグビーの名門中の名門。
大学選手権6回優勝、10年連続決勝に進出という
とてつもない実績を持っている。
その大学の現役の選手が大麻を育てたり、吸引をしていた。
関東学院大学が早稲田に勝って初めて大学日本一になった日、
この日は強い寒波の影響で東京に大雪が降った。
そして早朝、春口監督にラグビー協会から1本の電話が入る。
「先生ところは学生が多いでしょう。
グランドの雪かきを手伝ってもらえませんか?」
先生は躊躇しながらも、4年生のリーダーに連絡をした。
しかし、本当に学生たちが早くグランドに行って雪かきをしているかは
自信がなかったそうだ。
でも会場に着くと、そこには試合に出られない4年生を中心に
いくつかのチームを組んで玉のような汗を流しながら
必死に雪かきをしている学生たちの姿があった。
早稲田の選手はいない。
先生はこのとき勝利を確信したという。
試合に出られる選手は15人、
でも4年生をはじめ、100人を超える部員が一つになって
早稲田に立ち向かっている。100対15で負けるわけがないと・・・
この感動的な勝利から10年足らず・・・
このチームから一体何が失われたのだろう・・・
春口監督は辞任を決意した。
でもこれだけの名将である。
是非ともまたどこかでチームを育てて欲しい。
関東学院大のラグビー部は廃部になる可能性もあるそうだが、
出来ることならもう一度チャンスを学生たちに与えて欲しい。
そして「one for all ,all for one」、このスピリットを取り戻し、
もう一度頂点に立ってほしいと切に願ってやまない。
(ラガーマン)
