ぐぐれば生きる的転回
2007年 11月 30日
コーディネーターに任命いただいて、ろくに何もしてない気がするので、この執筆が初コーディネイトです。たぶん。
今年からGoogleという会社に度々お世話になるようになり、渋谷の某巨大タワーにも足を運ぶようになりました。
ここを読んでいる方なら、一度は検索で利用しているでしょうし、Googleの何がスゴイのかは、あちらこちらで喧伝されているので、今更語るまでもないですわな。
実際に肌で感じたのは、社風というか存在自体が、所謂既存の会社とは一線を画している。
一言で言うと、「会社ですかココ?」
外資によくあるセパレートタイプではないのは勿論、
LOFTか東急ハンズ、はたまたゲーセンにでもいるかのようなオフィス。
極めつけは社食がケータリングでフリー。
んだソリャ、さすがに羨ましいぜよ
しかしお察しのとおり、公私の境界線が見えにくい職場環境とは、いわばゆとり教育みたいなもの。
「楽しそうな職場」というだけでは、たいした新規性はありません。
こっからやっとこさ本題ですが、GoogleをGoogleたらしめているのは、やはり人なんですね。
これが、最も「違い」を感じた部分であり、今まで会ったことがないタイプばっかり。
Googleは、よくテクノロジー企業という呼ばれ方をしますが、
確かに「人の手をどれだけ介在させないか」に、皆さん全神経を注入している印象です。
これは二律背反なのですが、根底に「人の創るものが世界を善くする」という確信があってこそ、テクノロジー全能主義に没頭できる。
という、とっても興味深いロジックに目から鱗↓
「営利組織において、営利目的を上回るモチベーションというのは、獲得したいと思ってできるものではない」
とは、よく聞く話。なのにGoogleはここを易々とクリアーしてるなぁ~ ともはや驚く以外ない有様であります。
【自分の仕事が人類の発展に貢献している】という確信があれば、(遊び場のような環境であれ)生業を軸として自分を律することなどワケないって寸法です。
なんて単純な
なんだか(昨今の偽装問題などを筆頭に)コンプライアンスで縛り付けられて、あたふたしている企業の様子が、余計に馬鹿らしく見えてきませんか?
まぁ理論的には善悪二元論的な話ですが、現実はそうでもないということで、現代社会が法整備によって発展してきた以上、今更この風潮を否定する気はないです。
ソンナノ関係ネェーとゆうか、この記事を読み返しても、Web進化論と言ってる事変わんないし。。
ただ、マネジメントの上で、色々ヒントにはなりそうだ。長々ーとひっぱっといて、それだけの話でした。
(Hleb)
